21世紀日本の構想における「英語公用語化論」について-静岡県知事川勝平太氏によせて

川勝平太静岡県知事は、1999年から小渕内閣における「21世紀日本の構想」の懇談委員会の委員を務めていました。この構想の中で、英語を第2公用語とする実施計画がなされました。今回の記事では、その問題点について取り上げたいと思います。

英語公用語化は理論的に破たん?-川勝平太氏の思惑は?

英語公用語化論には様々な問題点があります。まず、「公用語」というのは、同じ国家内で使用母語が多種多様に存在し、それをコントロールするために設定される言語のことです。インドなどの様々な言語が使用されている国家で「英語」が公用語とされている例を見ればわかると思います。その一方で、日本国家内の母語とはまぎれもなく「日本語」であり、わざわざ公用語を設定する必要などないわけです。理論的に考えても、この英語公用語化論には問題があると思わされます。愛国者と考えられる川勝平太氏がこの委員会の中にいたものの、このような計画がなされるのはいささか疑問ですが、そこには経済的な視点が強められていたと考えられます。すなわち、世界規模で使用される英語を「商品」と定め、その商品を国家規模で流通させる思惑です。愛国心と他の言語の公用語化は論理的に考えて、相いれるものではありません。このロジック・エラーをどのようにとらえるかは、今後のカギの1つだと考えられます。
英語公用語化論

英語公用語化は現実的にも破たん?-川勝平太氏は経済学徒ではなかったのか?

その経済的な視点から考えても、英語公用語化論は破たんしています。英語が「地球的言語」と叫ばれている時代にも、日本の言語としての価値は高かったのが現実です。国外通貨も順調に機能しており、日本語を排除(あるいは使用の縮減)などする理由はどこにもなかったのです。これは自国の通貨価値が高まっているときに、わざわざ自国の通貨を売りに出してしまう日本政府の政策と似通ったものがあります。つまり、単純に英語の持つ「ブランド性」に惹かれてしまい、自分たちの知的財産でありツールでもある母語の日本語に視野を置いていなかったということです。川勝平太氏は経済を専攻とし、大学で教鞭をとっている人物ではなかったのでしょうか?この点においても、英語公用語化論は現実に直下していない空論としか思えないのです。以上のポイントから、英語公用語化論は(1)理論的にも破たんし、(2)経済的な視点から見ても非現実的だという結論が引き出されます。川勝平太氏は静岡県における行政にこれからどのような動きを見せるのでしょうか?この過去の事実も踏まえて、冷静に判断しなければならないのではないでしょうか?

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です